スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


アートに対しての想い

僕が常にチェックしているサイトに「イーゴン自治区」というブログがあります。
このブログを書いているイーゴンさんは、僕が10代の頃、いろいろな面白いもの、カッコいいものを教えてくれた人です。
言うなれば先生ですね。

そのブログで「アートの呪い」というポストがありました。
以下、イーゴン自治区から引用。
「アート」というものがある。
この「アート」なるものを志した人は、一握りの人間を除いてほぼ確実に「呪い」にかかる。「アートの呪い」だ。

「アート」を信じ、深く傾倒した人ほど、「アート」にしか自己実現の対象を見つけられなくなってしまうのかもしれない。そういう人はどうなるかというと、「生活」というものが敵になってしまうのである。

「アート」VS「生活」という対立構造だ。
つまりこれは「抽象的な実存」VS「具体的人生」ってことだ。

生活という日々の営みが自分のアートの足を引っ張るという考えに陥る「呪い」だ。
「これは本当の自分じゃないんです。」とか言って。

僕は美大で4年間アートというものを勉強しました。
そこで感じた事は、
「そこまでアートを信じ、傾倒した人がどれだけいるのか」
ということです。

正直言って僕の見た限りでは、そんな人達は数えるほどしかいませんでした。
ほとんどの人達が作っているのは、アートではなく「課題として作った作品」だったと思います。
かく言う僕も同類です。

「感じた事を筆に込めればいいのさ」
「は?いや、特に何も感じないんですけど」

というのが正直なところ。

課題だから、展示をするから、世間に自分を売り込みたいから、何か作らないといけない。
そこに一生懸命絞り出したコンセプトを入り込ませるのです。
それを、
「いや、僕は社会に対して常々そういうことを感じていまして」と、
絞り出した感情を、あたかも元々自分の中にあったものだと錯覚してしまうのです。


でも中には、本当に「何か」を感じ、その「何か」を作品の中に込める人達もいました。
しかし僕はそれらの作品を見ても、その「何か」を感じる事はできませんでした。
彼らはその「何か」を分かりやすく伝えようなんて考えていません。
ストレートに感情をぶち込めます。

僕は彼らに対して凄くコンプレックスを抱いていました。
自分の作品制作では、どうしても
「どうしたら面白いと思ってもらえるか」というヨコシマな考えが生まれてしまいます。
「評価されなきゃ意味ないよ」と思いつつも、僕はそこから脱却したいと常に考えていました。
本当に、アートというものに憧れていたんです。
そして、卒業制作。
最後くらい、胸を張って「これはアートだ!」と言えるものを作ろうと心に誓い、制作に取り組みました。

そこで出来上がった作品は、自分が今まで作ったものの中で一番の駄作でした。
こんなもん人に見せたくねえよ。と思いました。
そこで僕はアートに対してやっと諦めがつきました。
「俺、向いてねえな」と。

その時、僕は「アートの呪い」から解き放たれたのか。
もしくは最初からそんな「呪い」にはかかっていなかったのか。
そこはよく分かりませんが、今、その呪いにはかかっていません。多分。
スポンサーサイト


テーマ : アート・デザイン
ジャンル : 学問・文化・芸術

最新記事

全タイトルを表示

2010映画私的ランキング
(随時更新中)


映画館割引まとめ
↓書いてあること
月別アーカイブ

最新コメント
よそ様の新着記事
お勉強スペース
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる